身体的な問題

 子規のカリエスは、今まで触れてきたように自ら命を絶とうと思うほどの苦しみであり、毎日の生活の中で煩悶・号泣を繰り返す日々が、「病床六尺」執筆の最晩年4カ月で日を追うごとに増悪する毎日であった。文中に出てくる「麻痺剤」すなわちモルヒネはこの問題を緩和する大きな力であったことは、記録の中から鮮明に読み取れるものであると確信している。モルヒネの内服時期は明確な記録がなく、書簡集などの記録から明治35年3月頃からではないかと推測している。

 ホスピスケアにおける身体的苦痛の第一は痛みであり、痛みの緩和がとても大切な治療として位置付けられているが、医療用の麻薬を積極的に使うことが推奨されるのは1980年代からであり、治療薬として当たり前のように使われるようになるのは21世紀に入ってからと言っても過言ではない。子規の時代に痛みに対してモルヒネをすでに使われていた事は画期的なことであり、「病床六尺」が5月から掲載が始まったことを考えると、もし、子規がモルヒネを使う機会を得ていないとすれば子規の業績は現代に語り継がれるほど多くは残されてはいなかったかもしれないし、ましてや病床六尺の誕生を看ずに夭折したとしても不思議ではないと考えている。

 ホスピスケアの現場で医療用麻薬の使用にまだ抵抗を持っている患者・家族の方は結構いらっしゃるのが現状である。その理由として死期を早める、中毒になる、最後効かなくなるなどを挙げられているが、現代医学の研究でそのようなことがないことは証明されている。子規の闘病記録からもそのようなことはなかったものと感じている。逆に、死期を早めるどころか、病床六尺という作品を残せるまでの延命が得られたのではないかとすら思っている。モルヒネは子規の当たり前の日常生活を確保することができた有効な薬剤であったと言ってよいのではないかと考えている。子規が疼痛緩和目的にモルヒネを使用したことは、緩和ケアの定義に示されているQOL(生活の質、生命の質)を向上させる働きがあった事を記録として示した貴重な先人の教えであると思っている。