中橋 恒がお話しします。第一章 準備するということ(3)


~南海放送ラジオ「死に学び生を考える」に寄せられたリスナーからの質問をもとに緩和ケア医として終末期医療に携わっている松山べテル病院院長の中橋 恒が綴るエッセイ~


第1章 準備するということ



(3)人生会議のタイミングとポイント


では具体的にいつ、人生会議を行えば良いのでしょうか。

人生にはいろいろな出来事があり、その出来事が自分の人生の在り方を見直すきっかけになることが有ります。人それぞれのきかっけとして以下の様な時を挙げてみます。


  1.定年など社会の第一線から退いた時

  2.家族や親しい人が大きな病気になったり亡くなられた時

  3.自分が大きな病気になった時

  4.テレビや雑誌などで終活や終末期医療の話題を見た時

  5.医療者や介護者との話の中で話題になった時


 次に、具体的に“人生会議”をどの様に進めて行けばよいのでしょうか。

人生会議の意とするところは、医療や介護の面から自分の人生の終わり方を考える在り方で、その様な視点でどのように“人生会議”を進めるのかいくつかのポイントに分けて挙げてみます。


1.自分の人生で大切にしていることが何か考える。

 ①病気やケガで重体や危篤状態になった時、どのような治療やケアを受けたいか。

 ・病気と徹底的に向き合って最後まで諦めずに病気と闘ってゆく。

 ・病気と闘うのではなく、うまく折り合いながら苦しみのない最期を迎えさせてほしい。


 ②自分が大きな病気になった時に、自分にとって残された人生において何を大切にして生きていたいかを考える。

 ・病気と徹底的に向き合って最後まで諦めずに病気と闘ってゆく。

 ・治らない病気であれば、病気と闘うのではなくうまく折り合いながら、自分に残された人生の時間を“自分の人生のまとめ”や“大切な家族や関りを持ってくれた人との時間”に使ってゆく。


 ③自分の最期をどの様な形で迎えたいか考える

 ・延命のための努力を最後までしてほしい

 ・生きる時間が短くなっても、苦しむことなく穏やかな旅立ちにしてほしい


2.自分の意思や考えをきちんと理解してくれる信頼できる人を探しておく

 高齢・多死社会の話をしましたが、これからの長生きの人生の中で子供が遠方で疎遠であったり、配偶者が亡くなり独居であったり、元々ひとりの人生を歩んできたりと、家族の支援が得られない方が増えて来ている時代になっているため、血縁関係での援助者が得られにくくなっていることから、自分の人生の終わり方を信頼を持って相談できる人を探しておくことは、自分の人生の最期を納得したものにするために必要な事です。


3.治ることがむつかしい病気(進行がん、慢性心不全など)にかかり、病状の悪化などにより自分の考えが伝えられなくなった場合どのような治療やケアを望むか?

 高齢化の問題の中で認知症の問題が重要性を増してきています。認知症のため自分の意思決定が困難になった場合、予めどの様な治療やケアを望むのか自分の考えを明らかにしておくことはとても大切な事です。病気によっては意識障害によって自分の意思を表現できなくなることもあり、認知症に限った問題ではなくとても大切なことです。


4.治ることがむつかしい病気(進行がん、慢性心不全など)にかかり、病状の悪化などにより自分の考えが伝えられなくなった場合どこで治療やケアを受けたいか?

 この問題も上記の問題と同じで、自分の意思決定が困難になった場合予めどこで治療やケアを望むか自分の考えを明らかにしておくことはとても大切である。最後まで住み慣れた自宅で過ごすことを願うのか、最後は入院でお世話になることを望むのか、結果がどうであれ今の気持ちを考えておくことは大切です。


人生会議は、上記のすべてのポイントについて一度に考える必要はありません。しかし、色々なきっかけで少しずつ考えておくこと、それが自分の人生のまとめ方の準備にもなるものだと思っています。