真民さんからの言葉 第九回「たんぽぽのうた」


たんぽぽのうた

みんな

寒い寒いと

言っているが

何だか

ぽかぽか

してくるね

どうして

こんなに

俺たちだけが

ぽかぽか

してくるのかね

待っているからだよ

希望があるからだよ

そうだね

まったくそうだね


ー坂村真民「たんぽぽのうた」



<解説>

この詩は、真民が47歳の時の詩です。

坂村真民は、46歳から47歳にかけて、眼を失明しかかったり、内臓の病気で生死を彷徨うような状態になったりして、心身共につらい時期を過ごします。

そして、それを色んな人の力を借りて、克服し、47歳の4月に吉田から宇和島に転勤します。そういう時期に作られた詩なのです。

長い長い暗闇の中の生活から、やっと抜け出して、春がもうすぐやってくる、という想いが感じられる詩ですね。

まだまだ、寒い3月頃ですかね、病気から解放されて、外へ出ることが出来るようになった真民が、ふと周りを見ると、野原では、タンポポたちが、春を待って、嬉しそうに話をしているのを聞いて、自分自身の、春を待ちこがれている気持ちを、タンポポの想いに重ねて、作られた詩、ですね。希望という言葉が、うまく使われていますね。


砥部町立坂村真民記念館

館長 西澤孝一





※ポスター画像をクリックしていただくと

詳細が確認できます。


開館9周年記念特別展

海野阿育と坂村真民の世界

〜版画かれんだあに描かれた真民詩〜


2021年2月20日(土)〜2021年8月29日(日)


坂村真民記念館




開催趣旨や、海野氏のプロフィールに関してはこちらから



ー坂村真民ー


1909(明治42)年、熊本県玉名郡府本村(現・荒尾市)生まれ。本名、昻(たかし)。

八歳の時、父親が急逝し、どん底の生活の中、母を支えた。

神宮皇學館(現・皇學館大学)卒業後、熊本で教員となり、その後、朝鮮に渡って高等女学校、師範学校の教師に。

終戦後、愛媛県に移住し、高校の国語教師を勤めながら詩を作り続けた。毎月詩誌「詩国」を発行し無償で全国の読者に届ける。

58歳の時、砥部町に定住し、65歳で退職後は詩作に専念。

2006(平成18)年、97歳で永眠。

一遍上人を敬愛し、「タンポポ堂」と称する居を構え、毎日午前零時に起床。夜明けに重信川のほとりで地球に祈りを捧げるのが日課であった。

飾らない素朴な言葉で人生を歌い続け、その詩の数々は、多くの人に優しさや勇気、そして希望を与え続けている。さらに、慈しみの心にあふれた人柄や生き方は、老若男女幅広い層から支持されている。

(写真は90歳のときのものです)





ー坂村真民記念館 館長 西澤 孝一(にしざわ こういち)ー


(プロフィール)

愛媛県庁職員退職後、坂村真民記念館開館から館長に就任。真民の家族として最後を看取った。


(著 書)

「天を仰いでー坂村真民箴言詩集」(編集)(2019年、致知出版社)

「かなしみをあたためあってあるいてゆこう」(2017年、致知出版社)

「自分の道をまっすぐゆこう」(監修)(2012年、PHP研究所)


坂村真民記念館: 愛媛県伊予郡砥部町大南705 

(TEL:089-969-3643)

(FAX:089-969-3644)