石鎚山文化に受け継がれる自然観と霊魂観(1)杜の力で蘇る


▲2021年の元旦、雪に覆われた石鎚神社中宮成就社


西日本最高峰の霊峰・石鎚山(1982㍍)は、瀬戸内・四国を中心とする地域で崇められてきました。それは「死と生」をつかさどる大いなる存在といってもいいかもしれません。

日本人はいかに死に学び、生を考えてきたか―。石鎚山に1300年を超えて受け継がれる精神文化に見出していきたいと思います。


▲見返り遥拝殿から望む石鎚山頂上


石鎚山登山口の一つ、石鎚神社中宮成就社(1450㍍)境内に「見返り遥拝殿」と称される社があります。そこに一歩足を踏み入れると一体の御幣(ごへい)、もしくは金幣(きんぺい)越しに石鎚山頂上がそびえて見えます。まるで美しい絵画のようです。絵画という芸術的領域を超えた荘厳な光景といってもいいでしょう。その社の左に「神門」があります。これは人間界からと神々の領域へと通じる門とされています。神門から頂上まではブナやミズナラ、ツガなどの大木が生い茂る自然林で、その中をつづら折れの参道が一本、伸びています。

古来、人々は新たな命を得るため、神門をくぐり、戻ってきました。それは命の甦りを=リフレッシュ=を意味します。


▲結界を意味する神門


成就社から頂上までの参道は約3.5㌔。

道は傾斜が険しいうえ、頂上直下には計約160㍍の鎖が垂直に近い角度で掛けられ、行く手に立ちはだかります(迂回路=巻き道もあります)。

「石鎚の杜はお母さんのお腹の中。参道は産道です。人々は苦心惨憺して頂上までの道のりを往復し、神門手前の急な登り坂(通称=「胸突き八丁」)で産みの苦しさを知り、境内に戻った瞬間、誕生。感謝と喜びに満たされるのです」と石鎚神社の十亀興美名誉宮司は参拝者に説明します。



▲冬の境内を彩る霧氷


石鎚神社禰宜でNPO法人石鎚森の学校事務局長の曽我部英司さんは「かつて12か国、19人と成就社から頂上までを往復しました。

皆さん、さまざまな宗教をお持ちでしたが、頂上での崇高な気持ち、神門に帰還したときの喜びは皆、同じなのでは―と確信しました。

杜の中を歩きながら民族や宗教を超えた結束感、思いやりが生まれ、神門をくぐりゴールすると互いに手を取り感謝し合うのです」と振り返ります。



石鎚山の杜は生命の源。

生きようとする魂を再生させ、

生き終えた魂は還ってゆくところ。

そして新たな魂として完全に蘇らせ、この世に送り出してくれるところ。



石鎚神社の夏季大祭は梅雨の最中の7月1日~10日に行われ、全国から多くの参拝者が頂上を目指します。


なぜ、雨が激しく降るこの時期に行われるのでしょう―!?


「夏のピークに向け、爆発するような生命力にあふれる杜の緑が、人々に新たな生命を宿してくれるからです」―と十亀名誉宮司は語ります。

冬、雪に閉ざされた杜は土の中で新たな命を育み、春になると一斉に芽吹きます。そして梅雨の雨をいただき、青々と命をみなぎらせます。秋、燃えるように紅葉し、冬になる前には葉を落とし、地表は針葉樹以外、幹と枝だけとなります。しかし、土の中では新たな命が育まれます。

そこには尽きることのない命の営みがあります。


▲参道は霧氷の林


人間も自然の一部です。

人々はごく当たり前に石鎚山という深遠な自然をさまざまな生命と魂の総体として見立て、杜の息吹を取り込むことで、命を磨いてきました。磨きに磨きながら老い、魂となって杜に還っていくと考えてきました。その魂はやがて新たな命としてよみがえり、赤ん坊に宿ってこの世に現れる―。命は尽きても魂は尽きない、と考えてきたわけです。


自然と霊魂は甦る―。だから、魂を磨きに磨き、生き切ってゆく。

それは時代や民族を超え、心の深いところに存在する人類共有の智慧なのかもしれません。