真民さんからの言葉 第二十回「あとから来る者のために」


あとから来る者のために

 

あとから来る者のために

田畑を耕し

種を用意しておくのだ

山を川を海を

きれいにしておくのだ

ああ

あとから来る者のために

苦労をし我慢をし

みなそれぞれの力を傾けるのだ

あとからあとから続いてくる  

あの可愛い者たちのために

みなそれぞれ自分にできる

なにかをしてゆくのだ




ー坂村真民「あとから来る者のために」



<解説>

この詩は、東日本大震災の後にも、この詩は被災地の方々や復興事業に携わる人たちの「想いを共有する詩」として各地で使われました。

コロナ禍の中で、これからの生き方を真剣に考える人達が、「生き方を示す詩」として再びこの詩を使うようになっています。

さらに、最近では、コロナ後も含めて、これからの人類の開発目標として採択された「SDGs」を分かりやすく表現する詩として、

大学や企業等で使われ始めています。

坂村真民の生き方は、厳しく自分を律して、余分なものを持たず、衣食住すべてに質素で、慎ましい生活を信条として生きてきました。

周りに困った人や、悲しみに暮れている人を見ると、その人にそっと手を差し伸べ、共に悲しみ、共に生きてゆくことを生涯貫いた生き方でした。

そういう真民の生き方を、そのまま、素直に表現したのがこの詩です。

見栄を張らず、贅沢をせず、周りの人を気遣い、家族とともに、幸せに生きるために、心掛けることを詠った、いつの時代にも通用する、「人間として生きるための詩」です。




砥部町立坂村真民記念館

館長 西澤孝一



 




企画展

かなしみを あたためあって あるいてゆこう

村真民の世界


2021年10月1日(金)〜2022年2月27日(日)


坂村真民記念館





 


ー坂村真民ー


1909(明治42)年、熊本県玉名郡府本村(現・荒尾市)生まれ。本名、昻(たかし)。

八歳の時、父親が急逝し、どん底の生活の中、母を支えた。

神宮皇學館(現・皇學館大学)卒業後、熊本で教員となり、その後、朝鮮に渡って高等女学校、師範学校の教師に。

終戦後、愛媛県に移住し、高校の国語教師を勤めながら詩を作り続けた。毎月詩誌「詩国」を発行し無償で全国の読者に届ける。

58歳の時、砥部町に定住し、65歳で退職後は詩作に専念。

2006(平成18)年、97歳で永眠。

一遍上人を敬愛し、「タンポポ堂」と称する居を構え、毎日午前零時に起床。夜明けに重信川のほとりで地球に祈りを捧げるのが日課であった。

飾らない素朴な言葉で人生を歌い続け、その詩の数々は、多くの人に優しさや勇気、そして希望を与え続けている。さらに、慈しみの心にあふれた人柄や生き方は、老若男女幅広い層から支持されている。

(写真は90歳のときのものです)



 


ー坂村真民記念館 館長 西澤 孝一(にしざわ こういち)ー


(プロフィール)

愛媛県庁職員退職後、坂村真民記念館開館から館長に就任。真民の家族として最後を看取った。


(著 書)

「天を仰いでー坂村真民箴言詩集」(編集)(2019年、致知出版社)

「かなしみをあたためあってあるいてゆこう」(2017年、致知出版社)

「自分の道をまっすぐゆこう」(監修)(2012年、PHP研究所)


坂村真民記念館: 愛媛県伊予郡砥部町大南705 

(TEL:089-969-3643)

(FAX:089-969-3644)