ホスピスケアから見た
「病床六尺」

「病床六尺」は明治35年5月5日から亡くなる2日前の9月17日までの最晩年の4カ月あまりの記録である。子規にとって死に至る4カ月の期間は第1回目の記述にもあるように、病状の進行に伴って煩悶・号泣の毎日であったことは想像に難くない。そのような中で毎日文章を書き綴った子規の精神力は尋常なものではなかったと思われるが、死の2日前まで書き綴ることができた原動力は子規の希望である「書く事」「書き残すこと」であり、その思いは前項で詳述した。しかしながらカリエスの痛みに耐えかねる煩悶と号泣を繰り返す毎日の中で、「書く事」を続けることができた力をホスピスケアの視点からひも解いてみたい。

 ホスピス・緩和ケアとは、2002年の世界保健機構(WHO)によると、「緩和ケアとは、患者とその家族のQOLを、 痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、 苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである。」と定義され、ケアを進める上で4つの視点で看てゆくことの重要性を謳っている。

 

1.身体的な問題:

 命に関わるような大病に罹ると、おのずと痛みなどの身体的な苦痛を伴うことは想像に難くない問題であり、誰しも身体的な苦痛が緩和されれば穏やかな心を保つことに繋がることは理解できると思っている。子規の煩悶と号泣の根源はカリエスによる痛みであり、この痛みを緩和できたことが生命を脅かす病に関連する問題に直面していた子規を子規たらしめた基本であると考えている。

2.心理的な問題:

 子規は死の病として恐れられていた結核に、21歳の時に喀血を機に直面することになった。その後の生活は死を予感させる身体的な症状が、子規の心を悩ませることになるのだが、子規が日常の生活を送ることの意味を「病床六尺」を通して実践する事が、最後まで平常心を保つことができた大きな力であったと考えている。

 

3.社会的問題:

 社会的問題には自宅での生活を支えていた経済的な基盤、介護者の存在、子規を取り巻く短詩形文学確立の想いを同じくする多くの仲間がいた事が大きな力であったと考えている。

4.スピリチュアルな問題:

 スピリチュアルな問題は、身体的な問題や心理・社会的な問題を乗り越える中で、子規の人生の拠り所である「書く事」が途切れることなく続けられる中で、子規の存在の意味を最期まで支えてきたのだと思っている。9月15日辞世の句として世に知られている絶筆3句は、子規の存在を不変なものとし子規たらしめたピリオドであったと考えている。

 

以上挙げた4つの視点で病床六尺をひも解いてゆくと、俳人としての子規が、常規という一人の人間としての子規が、ありきたりの日常をいかに生きて来たか、そのありきたりな日常がどれだけ生きる希望を支えていたかが生き生きと浮かび上がってくるものと思っている。「病床六尺」に記された言葉の中から、先人の生きる知恵を探ってゆく事にする。