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点滴について①(全3回)

更新日:2022年7月11日

 

 夏の暑い盛り、熱中症で救急病院へ運ばれる高齢者の方の報道がニュースで流れているのをよく耳にすることがありますが、熱中症は脱水という体から水分が失われることによって引き起こされる死に至る可能性がある危険な病気です。


 点滴はとても有効で熱中症には必須の治療法です。点滴は手術を受けた後に食事ができない状態となった時においても、水分と栄養を補う方法として極めて有効な治療法です。点滴の発明と発展は医学の進歩に大いに貢献しているとても重要な位置を占める治療法と言えます。それゆえに点滴は何にでも効果があるように思われて、いつしか“点滴神話”と言われる言葉が生まれるほどになってしまっています。落語に出てくる葛根湯医者の噺ではありませんが、「今日はちょっと風邪気味で食欲がないので、点滴を一本」「最近どうも元気がない、そこで点滴を一本」となんにでもとにかく点滴を打ってもらうと元気になったような気になってしまう。確固たる治療としての地位を確立していながら、結構根拠のない使い方がされている治療法でもあります。


 今日はこんな素晴らしい評価を頂きながら、なんとなく点滴というあいまいな存在の点滴に少しメスを入れて、人生の終わりに点滴がいるのかどうか、命の終活における点滴の意味を考えてみたいと思います。


1.点滴は医療を変えた画期的な治療法


 人類の病気との歴史は感染症との闘いの歴史であったと言って過言ではありません。未知の微生物が体の中に入ることによって病気が発症し多くの場合死に至る結果を招いていました。原因が分からず広域に病気が広がり多くの死者を出したことから疫病として恐れられていました。疫病の一つであるコレラはコレラ菌で起こる伝染病で、日本でも江戸時代後期に流行した記録が残されています。コレラは感染すると、激しい嘔吐と下痢で発症し、全身けいれんが起こり瞬く間に死に至ってしまうため「三日コロリ」という異名で恐れられていました。


 フィクションの世界ですが、「JIN-仁」というテレビドラマを覚えていませんか?大沢たかお扮する脳外科医南方仁がタイムスリップして江戸時代に行ってしまう話です。その中にコレラ流行の騒動が出てきます。コレラは激しい嘔吐と下痢で脱水状態となり死に至る病ですが、水分補給を口から飲むこと以外手立てがなかった時代では、極度の脱水は確実に命取りになる病でした。テレビドラマの中で(あくまでもフィクションですが)、仁は点滴を考案し治療を行っています。興味のある方はドラマを見直すと興味深いかもしれません。実際の歴史では、1800年初頭にイギリスでコレラが流行した時に、トーマス・ラッタという医者が、点滴で治療した報告が近代輸液療法の幕開けと言われています。しかしながら、消毒法の概念がまだ確立していない時代での治療法であったため、安全性の面で普及することはなく、点滴の代名詞とも言われている“リンゲル液”を開発したシドニー・リンガーの登場を半世紀以上待つことになります。


 ここで人間の体の中の水分について少し触れておきましょう。人間は体重の60%が水分で構成されています。60%の水分は細胞内に40%・細胞外と言われる血管の中や組織の間の隙間に20%が存在しています。水分の多い生き物である人間は水なしでは生きては行けません。体の中の水分の20%が失われると死に至ると言われています。体重50Kgの人の水分量は30Lですから、死に至る水分量は6Lとなり2Lのペットボトル3本分が失われると死んでしまう事になります。一滴も水を飲まない状態だと4-5日で死んでしまうと言われています。乳幼児の水分量は70-80%と言われ、病気によって水分補給ができなくなるとたちどころに死に至ってしまう子供にとっての脱水は大人以上にとても危険な状態と言えます。

 点滴の歴史で“リンゲル液”を開発したシドニー・リンガーの名前が出てきましたが、彼を含め近代の点滴の開発の原動力は小児科医で、その当時水分補給方法の開発が小児疾患の死亡率改善に大いに貢献し、点滴の開発は大きな役割を果たしています。


 人の体は60%が水分で細胞内と細胞外に分かれて分布しているとお話ししましたが、リンゲル液の開発以後は、体内水分の組成の研究が進み、患者の病状や病態に応じて点滴の電解質の組成を変えることで適切な点滴治療が病態に応じて行われるようになりました。その後の点滴の進歩は、栄養補給の分野で格段の発展を遂げる事になります。

 1970年代に中心静脈栄養法が臨床の現場に登場し、治療の在り方を格段に進歩される方法の登場でした。中心静脈栄養法とは、3大栄養素である炭水化物、タンパク質、脂肪から電解質、ビタミンに至る人が口から摂るすべての栄養素を点滴から補給できるという画期的な方法です。従来の点滴は炭水化物の元であるブドウ糖を供給する程度で、供給量もわずかで長期間の点滴だけの治療では栄養面で限界がありました。中心静脈栄養法は外科領域における貢献は多大なものがあったと思います。特に消化器を扱う外科領域では画期的な方法でした。食道がんを例にとると、食道を切除した後食道の代用を胃袋で作ります。代用となる胃袋を腸とつないで手術は完了する訳ですが、代用食道の傷がしっかり治ることが前提で、その上に腸としっかりとつながることが手術の成功のカギとなります。たとえ神の手と言われる天才的な外科医が手術を行っても、代用食道の傷や腸とつないだ傷がきちんと治るためには手術後に十分な栄養の補給が重要となります。手術が終わってすぐ食事が開始できるわけでありませんので、従来の点滴では栄養の補給に難点があり、結局栄養面で体力の回復を図りながらの手術となり、1回目は食道を取る手術と代用食道を作るところまでで終了とします。2回目の手術までの間は、食事の通る道筋がありませんから、腸瘻と言われる腸に管を通して管から栄養を補給する治療を行います。その間に代用食道の傷が癒えるのを待つわけです。その後2回目の手術は代用食道と腸をつなぐ手術を行い手術が完了します。中心静脈栄養法は術後の栄養補給を画期的に改善し、手術も2回に分ける必要はなく1回で完了することができるようになりました。患者への手術の負担を軽減し手術死亡率の低減に大いに貢献したのは、まさに点滴の力と言って過言ではないと思います。その他の領域においても点滴は治療法として確固たる位置を作り上げた、現代医療における必要不可欠な治療法となっています。


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